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日本の失敗の本質(update6)


失敗の本質
日本の政治や軍の組織としての失敗については、いろいろな分析がなされてきました。
しかし、要素還元的にみると、政府や軍部内で大局観のあるエリート左派が論戦に敗れて続けてきたことがその本質だと思います。
左派にはロゴス(論点提示と論理)はあっても、エトス(信頼)やパトス(感情的な訴え)がなかった。
征韓論、満蒙領有論、対支一撃論の支那事変拡大派、対米強硬の海軍右派といった大局観のない(ロゴスに欠ける)組織内右派が常に勝利してきたのは、彼らにエトスやパトスといったものがあったからです。人は論理だけで動かないのです。
国力に大差があったのだから無謀な戦争で勝ち目はなかったというのが今では、通説ですが、後知恵バイアスによればまったく勝機がなかったわけでもありません。
よく言われるのが、インド洋の制海権を握り、援蒋ルートやスターリンルート、チャーチルルートを遮断するという戦略です。
陸軍省の戦争経済研究班はこの戦略に気づいていたそうです。当時でも組織内に大局観のある戦略家はいた。
「日米開戦 陸軍の勝算」を読む
海軍内にも、中島知久平のような先見の明がある人がいた。いち早く航空機の重要性に気づき、軍隊から飛び出し航空機メーカーをベンチャーした。
そのカリスマ性で優秀な人材を集め、財閥の三菱に対抗した。社員の自主性を尊重し、福利厚生を重視する社風は、現代のシリコンバレーの先駆みたいなものだ。
中島は、過大評価される山本五十六などの海軍の親米派と異なり米国との国力差を本当に理解していた。そのため、対米開戦に基本反対だった。B29の出現も早くから予測していた。
中島知久平をめぐる逸話
攻撃(航続距離・燃費)を重視し、防御を軽視する日本軍の用兵思想に否定的な彼の思想は今のスバルに受け継がれている。ゼロ戦は戦争末期には陳腐化したが、隼は最後まで、米英の新鋭機に対して、ビルマ方面で互角のキルレシオで戦い抜いた。
【ゆっくり解説】一式戦闘機 隼 無敵の陸鷲の軌跡
中島が兵器開発で重視するのは、アウトレンジ戦術に代表される一転豪華主義(その象徴が大和やゼロ戦、そして源田実の航空用兵)ではなく大量生産性・整備性・汎用性など。徹底的な合理主義。
戦争は個々の兵器の一対一のカタログスペックの戦いでないから当然です。当時の米国やソ連、今の中国やロシアにはあり、当時の日本やドイツ、今の米国や日本にはない合理性です。

日本の組織の問題は、戦後ずいぶんたった今でも変わらない。
日本の左派にはロゴスはあってもエトスやパトスが足りない。ロゴスはなくてもエトスやパトスがある左右ポピュリストにはこれでは勝てない。
衒学的でスノッブな態度を改めないと組織内での論戦や出世競争に勝てず、また政治の世界では大衆の支持は得られない。


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[ 2020/05/10 13:44 ] おすすめ | TB(0) | CM(0)
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